マニ宝珠㉖ [小説「マニ宝珠」]
у‥ぅOuhゥ…うâarrウоゥOuhうУ…ゥwooうゥhゥоウaarrr…
張りつめた静寂を破って、暗闇から獣の咆哮のような呻き声が聞こえた。
不穏な気配に従者たちは動揺を見せたが、すぐさま号令が掛かる。
「臆すな!訓練通りに隊列を組んで、敵の襲撃に備えを固めよ」
騎士の指示で、五名の従者たちが前へ進み出て横に並ぶ。
盾を構えて防御姿勢を取る従者たちの隊列の背後に、
武器を構えた神殿騎士が立って、防御を固め臨戦態勢を完了する。
他の従者は預かった角灯を吊り下げた竿を地面に立て、
松明を掲げて周囲の警戒を行う。万全の態勢をとる。
沈黙を破って、前方に何か動く気配がこちらへ向かって近づいてきた。
正体が判然としない朧な人影が、ゆっくりと現れる。
「止まれ!何者だっ」
人影は隊列の五歩くらい手前で無言で静止し、ユラユラと体を揺らす。
それがまだ魔物と確信が持てないルナンサンは、固唾を飲んで見守る。
どう対処するか‥‥騎士たちも相手の出方を窺っていると、
――WOOオォオuhォオオOOuhォォォrrr!!!
突然、身の竦むほどの雄叫びを発して、腕を上げて駆け寄ってくる。
「攻撃!」「斬れっ」「かかれっ」
驚いて身を竦めるルナンサンに対し、
騎士たちは各々の号令を合図に剣を突き出す。
盾に突進を阻まれた狂人は剣に刺し貫かれて動かなくなった。
「気を緩めるな! 新手が来ているっ」
倒した相手の正体を確かめる間もなく、二つの人影が近づいてくる。
今度は念のため、人影に呼びかけてみるが応答はない。
先程と同じく前方で静止すると突然、二体の人影は奇声を上げて迫り来る。
騎士たちは十分に引き付けて、これも見事に倒した。
他に動く物の気配が消えたところで、
倒した人影の正体を確かめることになった。
一人は男、身なりから男は行商人だろう。女が二人。
女の方は近隣集落から、毎週やって来る野菜売りだった。
皆が、彼らの顔を覗いて言葉を失う。
ルナンサンも好奇心に抗えず、顔を見て‥すぐに後悔した。
男は顔面が歪んでいた。激しく地に打ちつけたのであろう‥とても見るに堪えない。。
初老の女は血の涙を流していた。
顔中を掻きむしった痕跡に加えて、自ら目を潰したらしい。
もう一人は頭を激しく掻きむしったらしく、
乱れた髪に血がこびり付いて、その顔は‥‥‥嗤っていた。
「魔物の仕業か・・・魔術で気が触れた‥ということだろうな」
発狂‥‥ルナンサンは背筋が凍る思いだった。
あの時、マデュークが魔物へ一矢報いていなければ自分もこうなっていたのか。
「ひィ!」「うわあああああああああ!!」「っう? ‥えぇ・・・」
従者たちが遺体を沿道に運び出そうと、手足を掴んだ瞬間に事件が起きる。
遺体の頭部、首から上が突然に破裂したのだった。
幸いにも傷を負った者はいなかったが、
運悪く、肉が弾け飛ぶ一瞬を目の当たりにした二名が一時 錯乱してしまった。
騎士の一人が持ち物から蝋燭を取り出して火を点け、二人に見せる。
揺らめく炎が気を落ち着かせるのに高い効果があるのだ、と後になって聞いた。
爆発も魔術によるものなのかは分からない。
未知の脅威を目の当たりにして、騎士たちに状況を不安視する者が現れる。
「ジュネイ殿、この場は危険です。一旦後退しましょう」
騎士の一人が年配の騎士に進言した。
ジュネイと呼ばれた、この先遣隊を指揮している年配の騎士は、
神殿騎士の名に恥じるような言動は慎むよう叱咤する。
続けて、邪悪な存在の征伐こそ神殿騎士が臨む聖戦だと励ました。
人夫たちに報せは届けたか、伝令を務めた従者に問う。
問われて従者は、もう直にやって来るでしょうと力強く答えた。
「うむ。もう少し待つ。合流後ただちに周囲を警戒しつつ作業を・・・」
「‥‥ん・・・?」
再び異変を感じ取って、皆が暗闇を凝視する。
濃い霧で霞む道外れから、複数の呻き声が聞こえてきた。
ぅゥゥУ…うぅぅwooぅぅォォぅuhぅぅぅrrroオぉぅу…ぅOuhぅゥゥゥ・・・
荒野に吹き荒ぶ風が唸るような、ルナンサン達は不吉な気配に包まれた。
幸い、道と畑の間には所々に柵が設けてある。
畑の方から続々と現れ、ユラユラと歩んでくる黒い影。
人影に向かって誰何してみるが、やはり応答はない。
待ち受ける騎士の一人が柵の手前に進み出て、人影を挑発した。
人影は彼に襲い掛かったが、柵に阻まれ前のめりに体勢を崩す。
「いいぞ。皆、斬りかかれっ」
数は多かったが、騎士たちは冷静に次々と魔物を斬り倒していった。
…
魔物の気配が無くなった頃合いで、忙しない雑踏が徐々に近づいてくる。
こちらの呼びかけに、複数人の応答と口笛が返ってきた。
これに反応は様々であるが、張り詰めた空気が和んでいく。
坐国出身ならば説明不要。求愛する鳥の囀りを真似た、異性を誘う口笛である。
緊張感のない、場違いな雰囲気に皆の気が緩んだ。
「う、わあっ」
――WOOオoâarrrォォオオ!!!
叫び声で驚いて振り向くと、
生気のない無表情の男が従者に掴み掛かっている。
農夫らしき男は不意に、口を開いて従者の腕に咬みつこうとした。
振り解こうとしていた従者は咄嗟に、もう片方の手で男の顔を押さえる。
騎士が助けに入り、男を後ろから羽交い絞めにして従者から引き離す。
尚も暴れる男に手を焼いた騎士は、止む無く斬り倒した。
もはや休んでいる暇はない。
ここが正念場だと、ジュネイは任務の続行を告げて、
後続の進行を再開するようファフロベティウスへ伝令を遣った。
「奮起せよ。神殿騎士が邪悪な者らに後れを取ってはならぬ」
隊列を組んでいる間にまたしても、
前方から同様の異様な気配を持つ人影が近づいてきている。
「結界はもう目の前だ。一般民の前で我ら騎士が無様を晒せようか」
前に進み出たジュネイは唸り声をあげて近寄ってきた女を拳で殴った。
よろめいて倒れた女を待ち構えていた従士が抑え込んで、
縄で縛りあげてしまう。なんと、生きたまま捕縛に成功したのだ。
「おおっ。お見事!」
思わずルナンサンが賞賛の声を上げた。
魔物だとしても、女性を斬らなかったジュネイを他の騎士も褒め称える。
ジュネイの武芸と気概に、若い従者たちは羨望の眼差しで拍手を送った。
そこへ続々と人夫たちが合流し、直ちに作業指示が出される。
「道に転がる遺体を全て片づけよ。尚、魔物が化けていることがある」
ざわつく人夫たちをジュネイは構わず、細心の注意を払うように求めた。
人夫たちは気味悪がるも、一振りの鎚矛が貸し与えられると、
「ヒょお~♪」「でっデーン!わはははっ」
勇躍して鎚矛を頭上に掲げて粋になり、恐いものなどなくなった。
「前進だっ」
ルナンサンと騎士たちは死体を踏み越え、結界の解除へ挑む。
張りつめた静寂を破って、暗闇から獣の咆哮のような呻き声が聞こえた。
不穏な気配に従者たちは動揺を見せたが、すぐさま号令が掛かる。
「臆すな!訓練通りに隊列を組んで、敵の襲撃に備えを固めよ」
騎士の指示で、五名の従者たちが前へ進み出て横に並ぶ。
盾を構えて防御姿勢を取る従者たちの隊列の背後に、
武器を構えた神殿騎士が立って、防御を固め臨戦態勢を完了する。
他の従者は預かった角灯を吊り下げた竿を地面に立て、
松明を掲げて周囲の警戒を行う。万全の態勢をとる。
沈黙を破って、前方に何か動く気配がこちらへ向かって近づいてきた。
正体が判然としない朧な人影が、ゆっくりと現れる。
「止まれ!何者だっ」
人影は隊列の五歩くらい手前で無言で静止し、ユラユラと体を揺らす。
それがまだ魔物と確信が持てないルナンサンは、固唾を飲んで見守る。
どう対処するか‥‥騎士たちも相手の出方を窺っていると、
――WOOオォオuhォオオOOuhォォォrrr!!!
突然、身の竦むほどの雄叫びを発して、腕を上げて駆け寄ってくる。
「攻撃!」「斬れっ」「かかれっ」
驚いて身を竦めるルナンサンに対し、
騎士たちは各々の号令を合図に剣を突き出す。
盾に突進を阻まれた狂人は剣に刺し貫かれて動かなくなった。
「気を緩めるな! 新手が来ているっ」
倒した相手の正体を確かめる間もなく、二つの人影が近づいてくる。
今度は念のため、人影に呼びかけてみるが応答はない。
先程と同じく前方で静止すると突然、二体の人影は奇声を上げて迫り来る。
騎士たちは十分に引き付けて、これも見事に倒した。
他に動く物の気配が消えたところで、
倒した人影の正体を確かめることになった。
一人は男、身なりから男は行商人だろう。女が二人。
女の方は近隣集落から、毎週やって来る野菜売りだった。
皆が、彼らの顔を覗いて言葉を失う。
ルナンサンも好奇心に抗えず、顔を見て‥すぐに後悔した。
男は顔面が歪んでいた。激しく地に打ちつけたのであろう‥とても見るに堪えない。。
初老の女は血の涙を流していた。
顔中を掻きむしった痕跡に加えて、自ら目を潰したらしい。
もう一人は頭を激しく掻きむしったらしく、
乱れた髪に血がこびり付いて、その顔は‥‥‥嗤っていた。
「魔物の仕業か・・・魔術で気が触れた‥ということだろうな」
発狂‥‥ルナンサンは背筋が凍る思いだった。
あの時、マデュークが魔物へ一矢報いていなければ自分もこうなっていたのか。
「ひィ!」「うわあああああああああ!!」「っう? ‥えぇ・・・」
従者たちが遺体を沿道に運び出そうと、手足を掴んだ瞬間に事件が起きる。
遺体の頭部、首から上が突然に破裂したのだった。
幸いにも傷を負った者はいなかったが、
運悪く、肉が弾け飛ぶ一瞬を目の当たりにした二名が一時 錯乱してしまった。
騎士の一人が持ち物から蝋燭を取り出して火を点け、二人に見せる。
揺らめく炎が気を落ち着かせるのに高い効果があるのだ、と後になって聞いた。
爆発も魔術によるものなのかは分からない。
未知の脅威を目の当たりにして、騎士たちに状況を不安視する者が現れる。
「ジュネイ殿、この場は危険です。一旦後退しましょう」
騎士の一人が年配の騎士に進言した。
ジュネイと呼ばれた、この先遣隊を指揮している年配の騎士は、
神殿騎士の名に恥じるような言動は慎むよう叱咤する。
続けて、邪悪な存在の征伐こそ神殿騎士が臨む聖戦だと励ました。
人夫たちに報せは届けたか、伝令を務めた従者に問う。
問われて従者は、もう直にやって来るでしょうと力強く答えた。
「うむ。もう少し待つ。合流後ただちに周囲を警戒しつつ作業を・・・」
「‥‥ん・・・?」
再び異変を感じ取って、皆が暗闇を凝視する。
濃い霧で霞む道外れから、複数の呻き声が聞こえてきた。
ぅゥゥУ…うぅぅwooぅぅォォぅuhぅぅぅrrroオぉぅу…ぅOuhぅゥゥゥ・・・
荒野に吹き荒ぶ風が唸るような、ルナンサン達は不吉な気配に包まれた。
幸い、道と畑の間には所々に柵が設けてある。
畑の方から続々と現れ、ユラユラと歩んでくる黒い影。
人影に向かって誰何してみるが、やはり応答はない。
待ち受ける騎士の一人が柵の手前に進み出て、人影を挑発した。
人影は彼に襲い掛かったが、柵に阻まれ前のめりに体勢を崩す。
「いいぞ。皆、斬りかかれっ」
数は多かったが、騎士たちは冷静に次々と魔物を斬り倒していった。
…
魔物の気配が無くなった頃合いで、忙しない雑踏が徐々に近づいてくる。
こちらの呼びかけに、複数人の応答と口笛が返ってきた。
これに反応は様々であるが、張り詰めた空気が和んでいく。
坐国出身ならば説明不要。求愛する鳥の囀りを真似た、異性を誘う口笛である。
緊張感のない、場違いな雰囲気に皆の気が緩んだ。
「う、わあっ」
――WOOオoâarrrォォオオ!!!
叫び声で驚いて振り向くと、
生気のない無表情の男が従者に掴み掛かっている。
農夫らしき男は不意に、口を開いて従者の腕に咬みつこうとした。
振り解こうとしていた従者は咄嗟に、もう片方の手で男の顔を押さえる。
騎士が助けに入り、男を後ろから羽交い絞めにして従者から引き離す。
尚も暴れる男に手を焼いた騎士は、止む無く斬り倒した。
もはや休んでいる暇はない。
ここが正念場だと、ジュネイは任務の続行を告げて、
後続の進行を再開するようファフロベティウスへ伝令を遣った。
「奮起せよ。神殿騎士が邪悪な者らに後れを取ってはならぬ」
隊列を組んでいる間にまたしても、
前方から同様の異様な気配を持つ人影が近づいてきている。
「結界はもう目の前だ。一般民の前で我ら騎士が無様を晒せようか」
前に進み出たジュネイは唸り声をあげて近寄ってきた女を拳で殴った。
よろめいて倒れた女を待ち構えていた従士が抑え込んで、
縄で縛りあげてしまう。なんと、生きたまま捕縛に成功したのだ。
「おおっ。お見事!」
思わずルナンサンが賞賛の声を上げた。
魔物だとしても、女性を斬らなかったジュネイを他の騎士も褒め称える。
ジュネイの武芸と気概に、若い従者たちは羨望の眼差しで拍手を送った。
そこへ続々と人夫たちが合流し、直ちに作業指示が出される。
「道に転がる遺体を全て片づけよ。尚、魔物が化けていることがある」
ざわつく人夫たちをジュネイは構わず、細心の注意を払うように求めた。
人夫たちは気味悪がるも、一振りの鎚矛が貸し与えられると、
「ヒょお~♪」「でっデーン!わはははっ」
勇躍して鎚矛を頭上に掲げて粋になり、恐いものなどなくなった。
「前進だっ」
ルナンサンと騎士たちは死体を踏み越え、結界の解除へ挑む。