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マニ宝珠㉓ [小説「マニ宝珠」]


――バシュンーッ         ――トスッ


何か弾けたような音がして、魔物の体に矢が立った。

マデュークがクロスボウで射たのである。


「URウOhАаааァアア!!!」


魔物の絶叫と同じくして体を呪縛していた魔術が解けた。

間髪を入れず反撃に移ろうと騎士たちは魔物との距離を詰めていく。

マデュークも次の矢を番えようとクロスボウの取っ手を回す。


 ‥‥‥Nギギギgigigi‥ Dァrnんngh‥!


矢を引き抜いた魔物は忌々し気に矢を放り投げ、再び杖を構えた。


――またも妖しい術を使おうという魂胆か。


思惑を察した騎士たちは矢継ぎ早に斬り掛かってゆくが、

魔物の身のこなしは衰えておらず、剣は空しく虚空を切った。


(‥このままでは、まずい‥っ!)


勇猛果敢に切り込む騎士たちだが、焦りから連係がとれていない。

味方の動きに追随して斬り込むのでは、

魔物の俊敏な動きを捉えることができない‥だが悠長にしていられない。


  ・・ …ッ … …ト… 


魔物も身を躱す瞬間は意識が逸れるようで、魔力の集中を妨げてはいる。

‥だが、魔術の発動を遅らせるのみで中断させるには至らない。

固唾を飲んで見守るルナンサンは、ふと感づいた。


(今、遠くで馬の嘶きが聞こえた気がしたが……)


・・気のせいか?見回しても暗闇が広がるのみだ。

視線を戻せば、懸命に戦う騎士たちの動きが鈍ってきているのが見て取れた。

逆に手負いであるにも拘らず、魔物は衰えた様子もない。


‥‥‥禍々しい気が魔物に集まって、波動の高まりを感じる。


ルナンサンは天神地祇に縋るような心地で、腕輪に祈った。

マデュークも魔物への狙いが定まらず、

歯噛みして騎士たちの奮闘を見守っていた・・そこへ、


 …ト… …ト・・ト…ト…


最初は空耳と思った蹄の音が、

今は確かに こちらに向かって近づいてきている!

さらに驚くことに突然、


――パシィ!


輝く光の玉が魔物に飛んできて、

衝突するや爆ぜて閃光を発すると消えた。



 ――Aシeッ!

 ジ'aリaイs パasセeア ウn ボn ムモnt...

 
衝撃で倒れた魔物は体を起こすと忌々し気に呪詛を吐く。

取り囲むアキューロたちに向け金切り声を上げて威嚇するや、

一瞬で跳躍して闇に姿を暗ますと再び現れることはなかった。





警戒するルナンサンたちの周囲を味方の神殿騎士隊が続々と集まってくる。

戦闘の痕跡を見とめた神殿騎士たちは、

疲労が見られるルナンサンたちに代わって周囲の警戒に当たった。

アキューロは小隊の代表者と共に、

車列の近くまで戻ったところで事の次第を説明する。


「我々は別件で、怪しい光を追いかけておりました‥」


神殿騎士たちは我々を救援するために駆けつけたわけでなく、

先ほど見た謎の光体を追跡してきたのだという。

光は魔物に当たって消えたことを伝えると、

ファフロベティウスを納得させるにも報告に付いてきてもらうということだ。


詳しく話を聞いたところ、その光は近づくと離れていく。

朧気で判然としないものの、人が立っているようにも見えるらしい。

薄気味悪いので隊員らは報告を躊躇うが輝きを増して、放置できそうにない。

報告を受けファフロベティウスが命を下し、光の正体を掴まねばならなくなった。


「何はともあれ、危ないところであった。救援に感謝致す」


戦闘経験を積んだアキューロ達から感謝と労いの言葉をかけられ、

不安を抱いていた神殿騎士たちは、お蔭で報告に戻れると気を良くし、

手分けして疲労困憊のマデュークとルナンサンを馬車へ送り届けてくれた。

アキューロと魔物に手傷を負わせた勇猛果敢な騎士ザヒムは、

ファフロベティウスへ報告のため神殿騎士たちに付いて行くことになった。





「ふう‥さすがに疲れました‥‥‥」


馬車の中では寝そべることができないので膝を抱えて休息をとる。

窮屈ではあるが、角灯の明かりがほんのりと照らす幌の中は心が安らいだ。

緊張が緩んだ途端にルナンサンを強烈な睡魔が襲う。

今はまだ油断ならない。結界の外に出るまでは‥!


「何か話をして眠気を紛らわしましょう」


眠たいのはマデュークも同様であったらしく、

ルナンサンは魔物との戦闘を振り返って感想を述べ合った。




 …パチ ・・パチパチ ッ・・ パチン… ‥パチ…


脇道に退かせた馬車から立ち上る火が辺りを照らしている。

ファフロベティウスは腕組みして床几に座し、アキューロから報告を受けた。


「セルジオ様から伺っていた『heart murmur』と呼ぶ魔物は、
 貌に口以外の部分は無いとのことでしたが‥何らかの感知能力を有してます」


魔物が被っていた羚羊の頭蓋を砕き、貌に傷を付けたこと、

従者の機転で石弓の矢傷を負わせたと報告して、対応するための協議を続ける。


「剣にて相対せねばならないとなると、呪縛の魔術は非常に脅威です」


間一髪の状況だったと率直に述べて、

アキューロは神殿騎士隊の救援に謝辞を表して報告を終えた。


「相分かった。神殿騎士隊は弓の装備がない。弓に代わる対策はあるか」


セルジオに傲岸不遜なファフロベティウスの態度は抜きにして、

大戦を経験した軍事貴族で軍務を担う指揮官としての能力は有している。

ファフロベティウスとて実戦経験の乏しい神殿騎士と、

蛾国や朱国の国境侵犯に対する修練を怠らない近衛騎士の力量差は承知していた。


「打つ・斬る・叩くといった傷で、魔物が怯んだ形跡はありませんでしたね」


ザヒムの述懐にアキューロも首肯して、ふと目線の先の炎に気づく。


「‥そうだ、魔物に松明の火が燃え移った時の様子を思い出した」


 ‥パチ… パチッ


ひどい悪臭で機を逃したが、確かに魔物は‥。


「うむ。。奴は火傷を負って、ひどく狼狽していたんだったな」


ザヒムも気づいて話を繋ぐ。

聞き取りの感触からファフロベティウスは魔物が暗闇の中、

近衛騎士の闘志が萎えた頃合いをみて惰弱の魔術に嵌められたと断じる。


「魔術を使わせなければ相手は、たかが敏捷い猿一匹と変わらぬわけだ」


手傷を負って逃げたのであれば、すぐに姿を現すことはあるまい。


「魔物が次に現れた時に備え、小隊は忘れず油瓶を携帯しておけ」


ファフロベティウスは魔術の脅威さえ除ければ、

数で勝る神殿騎士たちと自身が後れを取るはずはないと考えている。

アキューロとザヒムはファフロベティウスの判断に異を挟むことはせず、

再出発の準備に忙しない先頭車列を後にした。


馬車に据え付けた角灯の明かりが、点々と連なる車列の外れ。

手に掲げた角灯の明かりの先に続く漆黒の闇を見据えつつ、

勇敢な二人の騎士は魔物との激闘を振り返る。


「魔物の貌‥羚羊の下の貌は見たか?」


隣を歩くザヒムへ、アキューロが声をかけた。

よく見えなかったとザヒムは首を振って、

いや‥、ふと思い出したように言った。


「姿を消す前に俺を睨んだような気がする」


・・まさか。アキューロの背筋に寒気が走る。


「分からん。だが、あの時もう少し速く踏み込めていれば、な」


踏み込めていれば腕を切り落とせたとザヒムは悔しがる。

冷静で良い判断だったとアキューロは、

ザヒムの肩を叩いて賞賛と労いの言葉をかけた。


「ああ、次こそは任せてくれ」


不敵に笑う漢ザヒムに、アキューロは首を振って忠告する。

魔物には人狩りを楽しむ嗜好があるうえに、

性格は極めて陰湿で暗く、苛虐性に強い情動が見とめられる。


「神殿騎士が十人がかりでも相手になるかどうか‥‥‥。
 最悪の場合は‥、誰かが犠牲になって逃がす判断も必要になる」


応じてザヒムも、執念深い魔物に警戒することへ同意した。

アキューロは頷いてザヒムの背中をポンと叩く。


「腕や足の一本は失う覚悟で、次こそ必ず仕留めよう」


二人は互いの拳を合わせて、決意を固めた。