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マニ宝珠㉑ [小説「マニ宝珠」]

来た道を歩いて戻る途中のルナンサンは、

後ろから来る馬の蹄の音に気づいて車列の合間に避けた。

直ぐに脇道を馬に乗った騎士が駆け抜けていく。

‥‥危なかった。

この暗闇の中を騎士も車列伝いに馬を走らせている。

厳戒の最中で馬車を降りて、

呑気に出歩いている者がいるとは思っていまい。


「危ねえよ、旦那。ブラついちゃマズいですぜ。」


声を掛けられて振り向くと、

使い古した幌馬車の御者台に男が座っていた。

煙草の火と、燻る紫煙の香りが鼻孔をくすぐる。

相手の顔すら見えないほどに暗いが、

互いの存在が分かるくらいには距離は近い。


「あ、ああ‥驚かせてすまない。馬車に戻るところでね」


見張りの御者に礼を言って後方へ気を配りながら歩く。

しばらく歩いて、前方からまた馬に乗った騎士が駆けてくる。

ちょうど良く目印に立てられた松明の傍に避けて、

通過するを待っていたルナンサンを、騎士が認めて馬を止めた。

近寄るなり、出歩いていることを咎められる。

素性を明かして事情を話すが、

使いの神殿騎士は立腹してルナンサンは散々に面罵された。

どうも自分を連れてくるよう命じられてきたらしい。

馬車を抜け出したことで手間を取らせたことを詫び、

不機嫌な神殿騎士の馬に便乗して、また取って返す羽目になった。


車列の先頭に近づくと、何かが燃えているのが見えた。

脇に退かした馬車に火が掛けられ、傍を数人の人影が立っている。

ファフロベティウスとアキューロが協議しているようだ。

ルナンサンが到着したと知るとアキューロが来て、

いま起きている事と、危険が迫る可能性について説明を受けた。


話によると、この先も数台の馬車が道を塞いでいるので、

神殿騎士は人夫たちを警護するため車列から離れること。

その間、騒ぎのあった馬車の周辺を我々が見張ることになったという。


「正体は不明だが、恐ろしく邪悪な存在が徘徊しているとの報告だ」


邪悪な存在とは『heart murmur』と名付けられた魔物だ。

人型で要領を得ない言葉を話し、目耳鼻は無いらしい。

驚愕の身体能力が有り、一瞬でも気配を覚られると攻撃は避けられる。

とても力が強く、脆弱と思われると執拗に襲い掛かってくるという。


「遭ってみないと魔物の正体は分からない‥気を引き締めるように」





しばらくは何事もなく過ぎていく。。

だが、異変は唐突に‥確かにそれと分かる異質さで現れる。


‥‥酷い臭いがする。雨に濡れた獣の放つ不快な臭い‥。

ルナンサンは初めのうち、取り片づけた犬の亡骸が元だと思ったが。


 ‥っ‥ これは、まさか‥‥。


騎士たちも異臭に感づいていた。

一層、周囲を警戒していると何言か呟く声が近づいてくる。


 ‥‥モrツ‥pulプuずz‥ ‥MOォt‥PりゥpOoze‥‥


背丈は遠めに見ても大きい。膝まで伸びた長い白髪。

髪に隠れて表情は窺えず、口だけを忙しなくモゴモゴと動かしている。

白装束はみすぼらしく、それだけであれば単に巡礼者という体であるが‥、


 ‥‥あれは何だ、‥‥。


息を呑む。彼の頭に羚羊の特徴のある大きな耳と‥額から角が生えていた。


 ‥エp‥‥fんdュ‥‥Moッ‥プuリゅpeuズ‥‥ 


とても緩慢な歩みだが、微かに足音を立てて徐々に近づいて来ている。

運よく距離が空いていた騎士の前を通り過ぎ、存在に気づく様子はない。

身を潜めていた騎士はそっと、顔だけを動かして魔物を目で追う。

ルナンサンの背後では、馬が落ち着かない様子で身動ぎしている。

何かしら感知する能力が有るのか、近づいてきているのは明らかだ。


‥‥背筋が凍りつく。気配からして人間ではない‥禍々しい異界の存在。


魔物の歩む方向には盾を掲げて身構えたマデュークと、

ルナンサンはやや後ろで持っている鉈を握りしめた。

決して動くなとの指示を頭の中で反芻して、固唾を飲んで見守る。

勇敢なセルジオの騎士たちは剣を構えて、隊長アキューロの合図を待つ。


(確証を得ないが、目も耳も鼻も利かないというのは事実のようだ)


魔物について、アキューロたちはセルジオから対処法を受けていた。

挟んで同時に斬り掛かり、魔物の動きから目を離さないこと。

‥何か手を打って、動きを止めた隙に一息で仕留めたいところだが‥‥。


 ‥プルル‥‥


馬が微かに鼻を鳴らすと、魔物は立ち止まって耳をそばだてた。

注意が逸れた様子を機とみて、アキューロの手が振り下ろされる。


 ――合図だっ!


一斉に斬りかかる騎士を、魔物は驚くべき反応の速さで跳躍して躱した。

そして、なんとマデュークの目の前に着地したのである。


「マデューク、体当たりだ!」


アキューロの声に弾かれたようにマデュークは突進する。

ルナンサンが見守る前で二つの影が合わさった。


「うっ!」


呻き声と同時にマデュークは弾き返されて尻をついてしまう。


 ――セt teルmOt アmユゾnッ ドe ホoンdュ uぃnヌ ヴe!!!



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